戦後75年を迎えて
今年紀元2680年8月になった。
原爆投下やソ連の参戦やポツダム宣言受諾があったのは言うまでない。
さて日本がなぜ米国と戦争したのか、歴史教科書にはあまり載ってないのである。たしかに国力の違いについて触れられているがなぜそうなったかは知らない人が多いと見受けられる。
日米戦争は真珠湾攻撃ではなく、支那事変の時から始まっていた。
この時、ルーズベルト政権は蒋介石の国民党を支援していた。フライングタイガーという戦闘機集団を派兵していた。フライングタイガーは国民党の旗印をつけていた。つまり国民党に見せかけて米兵に攻撃させていた。
その2年後にナチスのヒトラーはポーランドをソ連のスターリンと分割して第二次世界大戦が始まった。米は反戦ムードが高まってた。英仏は独に宣戦布告した。英仏から米は要請を受けていた。ルーズベルトとしてはナチスの暴挙は許せ難かった。しかし、参戦するには口実がいる。
そしてあの手この手で日本を経済的に封鎖した。真珠湾攻撃の4ヶ月前にルーズベルトは九州を爆撃する命令書にサインした。ルーズベルトは自ら宣戦布告したのと同じだ。
真珠湾攻撃の2週間前にハルノートを突きつけて日本を激憤させた。
石油封鎖のことがどこにも書いてないからだ。そして真珠湾攻撃に踏み切った。
こういう過程があって日米は戦争することになった。
さて8月6日、9日は原爆が投下された日である。米国は卑劣な人体実験の為に日本に投下した。インディアンと同じように日本人を絶滅させる為だった。
原爆投下によりソ連が米国の脅威に気付いたことが大きい。米国はルーズベルトの死後トルーマンが引き継いだがトルーマンはソ連に非協力的だったことが大きい。
皮肉にも原爆を早く完成させて、ソ連を黙らせる。そして単独で占領したお陰で日本は皇室を護れた。ソ連が介入したら皇室廃止になっていたかもしれない。ソ連の侵攻は9月4日まで続く。流石にソ連も米国を敵に回してまで日本を占領しようとは思わなかった。
日米戦争の黒幕はルーズベルトだった。そしてスターリンの思惑通りになってしまった。終戦の直後に米国がソ連の脅威に目覚めたことが不幸中の幸いだった