旧ソ連戦勝75年記念式典に日本は参加すべきではない理由
安倍晋三内閣総理大臣は旧ソ連が欧州に戦勝75年記念式典に参加するか検討していると表明した。
歴史の真実では日本はソ連と戦った。民主党のルーズベルトがスターリンを承認してそしてヤルタ協定で密約を交わしていた。ドイツ降伏後の3ヶ月後に参戦する内容であった。
当然、ルーズベルト個人の文書で米国政府の正式な文書ではないから無効である。アイゼンハワー大統領(当時)が無効宣言したことで英米はソ連の味方をしないことになった。
日ソ不可侵条約は1946年4月まで有効だった。仮に片方が破棄しても1年は猶予が与えられる。
もっというなら日独伊三国同盟の地点で日本はソ連と戦うことになってた。陸軍は支那大陸に駐屯して治安維持に努めることは肯定的だった。満州を緩衝地にしてソ連が攻めてこないか睨みを効かせるためだ。
戦いそのものは一時的にソ連軍を撃退させた。特攻作戦により多大な損害を与えた。しかし、取り残された少女らに強姦をした兵士もいた。また決死隊といい千島列島で電話交換手をしていた少女もいた。当時の電話はアナログ式で繋ぐ人がいたのだ。彼女らは青酸カリを飲んで自決した。これだけ犠牲を払って、領土問題は1ミリも進展がない。
戦後になり、サンフランシスコ講和条約が結ばれたがこの時ソ連は批准してない。
英米との間で千島列島のうち4島除いて放棄と定めた。そして大西洋憲章の理念にも反してるのがソ連だ。
日ソ共同宣言では、色丹島と歯舞群島の返還を認め、択捉島と国後島はその後話し合いで決めるとある。ところがソ連が崩壊してもなお露西亜合衆国は占有を続けているのである。セルゲイラヴロフ外務長官ら統一ロシアは敵国条項を理由に領土の返還に否定的である。統一ロシアは合衆国議会の与党である。
日本はソ連に負けた側だから出席すべきではないし、トランプ大統領も共産主義は否定的であることからソ連の戦勝記念に米を敵に回してでも出席すべきではない。